Hello ,World!
Yuuuiです。

私は文字を読むのが好きです。すごく好きです。
なぜ「文字が好き」と言ったかというと、いわゆる「本を読む」読書ではなく、文字でできているコンテンツ=「読み物を読むのが好き」だからです。
もちろん読書も好きですが、一般的な「趣味は読書です」とか「読書家」って言えるレベルほど本は読みません。娯楽としてPixivで二次創作を読むこともよくあります(笑)

ただし、気になったこと・知りたいことはすぐインターネットで検索してその答えを得るまでひたすら検索ワードを打ち込んで読み漁ります。誰かが書いているまとめ記事やnoteにあるようなエッセイはもちろん、SNS、Yahoo!知恵袋から名前もわからない古い掲示板に至るまでありとあらゆる情報源に片っ端から目を通し、ある程度の平均値が取れるまで情報収集します。
平均値というのはいわば「意見の分布図」とでもいいましょうか、ある事象に対してどんな意見がどれくらいの割合で、どのような内訳構成になっているのかということです

平均値とは

たとえばAという事象に対してB、C、Dという意見があったとしたら、それぞれについて

・意見を支持する人はどれくらいいるのか(マジョリティかマイノリティか)
・支持する理由はどのように述べられているか
・性別
・年齢
・生活環境や境遇
・経歴
・表現方法(語彙力や使用語彙そのもの)

など、可能な限り属性やステータスデータを収集、整理しながら分析します。もちろん、その情報に信憑性があるかどうかも含めて客観的に情報を精査します。情報精査のなかでまた別の情報を探しに行くことも多々ありますし、なるべく多角的な視点で判断できるようにとりあえず自分の考えは置いといて、あらゆる可能性を探します
(こうやってみると統計学的な作業かもしれませんね🤔)

この世にあるすべての情報は意図を持って発信されている

長い時間をかけて蓄積されてきたビックデータの中から、純度の高い「欲しい情報」を集めることは容易ではないと思います。
この世に存在するあらゆるものは必ず誰かの手を介して生まれている以上、なにかしらの「意図」は含まれているものです。一見正しく見える情報も蓋を開ければ「権威性」や「心理的トリック」を利用した巧妙な策略に塗れていることも少なくないです。
これだけ毎日膨大な情報に曝されているといちいち取捨選択するのも大変ですけど、だからこそ余計に与えられるだけでいたらいけないなと思っていて。情報は使うものであって、振り回されるべきものではないと肝に銘じて今日もさまざまなコンテンツとの出会いを楽しんでいます。

人に相談する代わりに、インターネットに聞くのはあり?

私は苦しいとき、悩んでいるときに、誰かに相談するよりも先にインターネットで検索します(笑)限られたコミュニティのなかで得る情報よりはるかに情報の量も種類も多いし(質については正直微妙だけど)、私個人のことでいえば生身の人間と対峙すると余計な情報が入ってきちゃうので正直な気持ちをさらけだすことができないんですよ。事実だけを追えばいいのに、気持ちが弱ってるときってそれができない。なにかを解決させたいときに一番邪魔になるのって「感情」じゃないですか。
あくまで私の話ですけど、顔見て話してたら会話の内容のほかに

・相手の表情
・声色
・関係性

とかの二次的な情報も一緒に入ってきて処理しようとしちゃうから、本当に自分が話したかったことを言えなくなっちゃったりするんです。もちろんそういう「生の会話」が突破口になることもあるけど、結局のところ結論は自分で出すしかないし、向き合うべきは自分自身なんですよね。

だからつらいなあ、、、と思ったらすぐ誰かに話すんじゃなくて、ある程度自分なりにこうかな?という方向性を見出すためにこの手段を使って、自分のことを客観的な目で見てくれていてかつ信頼できる人からのアドバイスを受けるという目的で対面で相談する、とかもいいのかもしれないですね。

うん。
私も次はその作戦で行こうかな。

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